under the radar issue5

ブラック・レベル・モーターサイクル・クラブのベーシストでシンガーのロバート・ターナーとギタリストでシンガーのピーター・ヘイズが突然後部座席で屈み込み、一人が「車を出せ!出せ!出せ!」と叫んでいた。Under the Radarのドライバーのニックがアクセルを踏み込み、私たちは通りをスピードを上げて走り出した。
ほんの少し前、私たちは無邪気にハリウッドに二重駐車して、次のインタビューに全員揃って向かうため、ドラマーのニック・ジャーゴの乗った他の車が着くのを待っていた。
突然、通りの真ん中を2人の男がヴァージン・メガストアの店員に追いかけられて走ってきた。
でかい方の男が大量の商品をジャケットの下に隠そうとしている。
店員がもう少しで追いつきそうになったとき、そいつらは私たちの反対側の車線にやって来た黒っぽい四駆に乗り込んだ。
店員の一人が助手席に近寄ろうとしたとき、車に乗っていたヤツが銃を突きつけた。BRMCの2人が反応したのはその時だった。
私たちは急発進した。ラッキーなことに発砲されることもなく、四駆はそこを走り去った。
「マジで、やばかったよ。この辺でただ座ってるだけでアタマの後ろからぶち抜かれることがあるんだよ、今みたいに」普段は冷静なピーターがしばらくして言った。
実際に10分前に起こった銃ネタ。
私たちは BRMCが命を脅かされるような場面に出会ったことがあるのか訊いてみた。「何度かあるよ、銃がらみでね」とピーターが答える。
銃を突きつけられたってこと?
「うーん、こっちの方に向けて振り回してたってことだけど…。自分の命について考える時に、何度死にそうな目にあっているのを見逃しているか、一瞬にして考えるってのも奇妙なものだよね」
二日後にインタビューの補足のために電話をしているときに、ロバートが、あの時に落ちたゲームソフトを見つけてそれを返しに行ったと言った。
銃が引き抜かれたとき、何が頭をかすめたか、ロバートに聞いた。
「ありがたいことに、弾じゃなかったね。最初に頭をよぎったのは、流れ弾に対する誰にでもある恐怖症みたいなものだったよ。
全くおかしなことだけど、次の日も銃絡みの出来事があったんだ。このネタはまだ続くんじゃないかって、3度目だからさ、心配になってきたよ。呪われてんじゃないかって」
「ライブをやってたんだよ」
例の事件の次の夜にポートランドで起きたことをロバートはこう語った。
「ショウのあと、オレたちはクラブの外に出て…そこって、ゴーストタウンみたいなんだ。夜中の3時だし、次の街まで車で行くのを、そこにただ座って、その辺で喋ってたんだ。ほんとに静かで、夜中の3時だってことをちゃんと考えてくれよ。
なにもかも、ゆったりとしてた。そしたら突然覆面パトカーが、ほんとにひっそりと、静かに、でも速く、オレたちのバスの後ろにつけたんだよ。で、警官が一人、いや、実は2人だったんだけど、車から飛び降りたんだ。そいつは AK-47を持ってて、すごく速くまっすぐ前に進み始めたんだ。で、「かちゃっ」って銃を装填したんだよ。その時、ピーターはビールを後ろに隠したんだよ、ヤツは道端でビールなんか飲んでて厄介なことになるんじゃないかって思っちゃって、だけど、みんな口をあんぐりさ。この雰囲気をわかってもらわないと。どんなにすべてが死んだように動かなかったか。そこに突然AK-47を持った男が歩いてきたんだ、オレたちは「こいつ、狂ってんじゃないのか?今まで正義だのなんだののために働いてきたせいで、おかしくなってるんじゃないのか?で、関係ない人を殺そうとか思ってるんじゃないのか?」って感じで、みんな「ああ、神様」って感じだったんだよ。
すっごく静かで、そいつはほんとに速く歩いてくるんだよ。ヤツにはどこに行くのか正確にわかってるって感じにね。そいつはほんの数フィート離れた角のところまできて止まると、頭だけ出して周りを窺って、銃を降ろして、通りを見つめているんだよ。
他には人っ子一人いないんだよ。おれたちは、「なんだよ、いったい何が起きたんだよ」ってなって、バスに駆け込んでドアをロックして外を見てじっとしてたんだ。暗闇の中のゴーストタウンみたいな、ポートランドだぜ、「いったい、なんなんだよ?」みたいな…そしたら、突然他のパトカーが来るのが見えたんだよ。明かりのついてないやつが、ゆっくり。
オレたちは「なんだよ、おとり捜査かなんかじゃないのか」ってなって、そうしたら、ビルから人が出てきたと思ったら、どこからともなく20人くらいの警官がそいつらに近づいて「てめえら、伏せやがれ」とか言いながら、一瞬のうちに、そいつらを縛り上げたんだよ、そいつらの背中にひざでケリをいれたりもしてたな、それがそいつらが言ったりやったことのすべてさ。
警官がオレたちのバスのそばに立ち止まって、戻っていったんだ。で、オレらは外にでて、「いったい、何だってんだよ、いったい何があったんだよ?」って聞いたんだ。そしたら、「ああ、街中で銃を振り回してるやつがいるっていう通報を受けて、そいつらを探せっていわれたんだよ」だから、「こいつらなの?」って訊いたら、「こいつらかどうかわからないよ、人相が一致するからね、銃は見つかってないけど」で、それがその黒人2人組だったんだよ。
二日間で、銃絡みの事件が2件もBRMCの身の上に起きたなんておかしなことだ。
「ああ、3つ目は起きないことを願うよ、次は悪いことが起きそうだし。そのことでパラノイア気味だよ。まあ、そのうちわかるんだろうけど」ロバートは悩んでいるようだ。
「これは、おれたちについて回るんじゃないかって、考え始めてるんだ」ピーターは笑っ ている。
更に、妙なことに、BRMCには、銃にまつわる曲が4曲ある。
アルバム収録曲では”Rifles” “Six Barrel Shotgun”、Bサイドには”Loaded Gun” “Screaming Gun” 。”Rise or Fall”には、こんな歌詞もある。「バン!おまえは生きてるんだ!」
歌詞やタイトルは、自分が関わってる銃にまつわる事件にインスパイアされているのかどうか訊いてみた。
ピーターが答える。
「んー、多分、無意識のうちにね。そういうことって、あんまり深く考えないだろ?ていうか、少ししか考えないよね。同じことは自問したけど」

BRMCは、ロバートの育ったサンフランシスコで1998年に結成された。ピーターとニックは、別のところで育った。
ピーターは、ミネソタの農場で世間から隔離されるようにして育った。特に音楽的には。
「僕は、とても信心深い家族の中で育ったんだ」 と、ピーターは語る。
「オレの両親は子供と結びついているためにどうしようかと考えて、クリスチャンバージョンの80’sを与えることにしたんだ。ストライパーや、ペトラみたいなクリスチャンメタルってやつさ」
ビッグへアーのクリスチャン・ロックや、クリスチャン・メタルを聴くように強いられたけれど、実際は1回しか聴かなかったと言う。
「長い間デッキには、恥ずかしいテープしか入ってなかったんだよ。 デッキの中だけじゃなくて、部屋にもなかったね」 ピーターはそう思い起こす。
「僕はまったく80sっていうものを知らないんだ。農場で育ってまったく完璧に見逃してしまったんだよ。 テレビでやっていたもの以外は、知らないんだ」
「ラジオも聴かなかった。 カントリーのトップ40しかやってなかったんだ。田舎では 正直、それだけしかないんだ」
「実際のところ、それだけあればいいんだけどね」とロバートがジョークを言う。
ピーターは、両親の宗教的なものに最初から反抗した
「まったく興味がなかったんだよ。だけど、子供の頃って、そういうのは怖いじゃない。 洗礼を受けないと、地獄行きだぞなんてさ」
彼は今でも教会や、日曜学校に行っている。
「子供の時って、ほとんど選択肢はないんだよね。毎週日曜、月曜、水曜にただ教会に行くんだよ」
彼の両親はその信仰の強さにもかかわらず、バンドを支えてくれているという。
「ここ何年かで両親の見方も少し変わってきてるし」そして、こう付け加えた。
「機会があるたび、神とか、ジーザスとか持ち出すし、聖書を読んでるかどうかって確かめるんだよ」
ジーザスは、BRMCの曲によく登場する。(「awake」ジーザス、どうか、戻ってきてくれ! 「salvation」ジーザスは君を一人にした、何も神聖なものなんてないような気がする)
ピーターは歌詞に宗教的なものが影響を与えているのではないかということに対して、まだ良く分からないと言う。
「もしかしたら、考えているよりももっと影響を与えてるのかもしれない」彼はそう言った。
ピーターは、14歳の時に母親や祖父と一緒に暮らすためにサンフランシスコに越してきた。
そこで、ジミヘン、ピンクフロイド、ローリングストーンズ、それからロバートと出会った。
ロバートは、音楽に囲まれて育った。
彼の父親のマイケル・ビーンは、80年代のニューウエーブバンド「ザ・コール」のリードヴォーカルである。これまた奇妙なことに、マイケルはマーティンスコセッシの88年の映画「キリスト最後の誘惑」で、聖ヨハネを演じている。
父親の職業のおかげでロバートは最初音楽に夢中になることにたいして反抗した。友達と仲良くするためにヘビーメタルを聴いていた。
「ほんとに音楽を聴いているっていうわけじゃなかったんだ」ロバートが思い返す。
高校時代にロバートとピーターは友達になった。
「僕のところに来て『あんた一体何者なんだ?』って言ってきたんだ。」ロバートと初めて会ったときのことを思い出してピーターが言う。
「周りで、ギターを持ってるのは僕一人だったんだ。学校では、ギターが安全毛布みたいなものだったんだよ。そうしていれば、人が寄りつかないだろ、それが快適だったんだ」
高校時代に聴いていたのは、マイブラ、ライド、ラブロケ、ジザメリとか、よくBRMCが影響を受けていると書かれているものだったのかと訊いてみた。
「あんまり音楽に対して心に留めなかったんだ。あんまり夢中になると、おんなじようになりすぎてしまって本当にやりたいことにはならないっていう持論があるんだ」
しかし、ヴァーヴのA Northern Soul には夢中になったとは認める。
一方、ニックは、イギリスのデヴォンで育った。
学校の友達のハウス・パーティーで初めてドラムを叩いた。その日、バンドバトルが繰り広げられていた。
「バンドバトルの間は寝てて見逃しちゃったんだ。でも、次の日起きてドラムを叩いてみたんだ、で、ジャムったんだよ。なんでか、すぐに叩けたんだよ。すごかったんだよ、周りにいたみんなは「ワオ!」って感じで…」ニックはその日のことを思い出して言う。ドラムを叩くのは、彼にとって自然なことなんだと。
「ドラムに特徴のある音楽はいつも聴いていて、それにあわせて鉛筆で机をたたくようなことはしてたんだ」
後に、バークレーで正式なトレーニングを受けることになるのだけれど、それはジャズ的なトレーニングで、教師は常にドラムをそんなに強く叩くなと言い続けた。
ニックは結局アートスクールをドロップアウトして、サンフランシスコに移った。
「精神的に病んでしまって、躁鬱みたいなのなんだけど、 1月半ぐらいすごくハイで、その後1月半はすごく落ち込んでしまうんだ。多分、頭がおかしくなってたんだよ。母親に会いに来て、治そうとしたんだ。 で、サンフランシスコが気に入っちゃって、ずっとここにいたいと思ったんだ。だから、そうしたんだ」
ピーターとロバートはニックに出会った。そしてバンドが結成された。最初エレメンツと名乗っていたがマーロンブランドの映画『暴れ者』からとった名前に変えた。
バンドが初めて一緒に練習したのは、ハロウインの夜で、すぐに、なにかに気がついた。
「ほんとにうまくいくってわかったんだ」とピーター。
「ロバートと一緒にやり始めたとき、話し合う必要はなかったんだよ。始めるのも終わるのも盛り上げるのもアップダウンも自然にできるんだ。考えたことはなかったんだ。お互いを見る必要もなかったんだよ、ほんとに。ただプレイし続けた。で、ニックが加わったんだ。彼は2人についてきて、うまく合わせていったんだ。話す必要も、考える必要もなくて、ただ続いていったんだ。ほんとに驚きだったね、僕ら2人ともバンドとしてやってたわけじゃなかったし。音楽についてよく知ってるやつはいなかったから、話し合うっていってもできなかったけどさ。ブリッジ、とか、ブレイクとかコーラスとかさえ知らなかったし。今は、コーラスってなんだかわかってると思うけど、時々混同してしまうんだブリッジだか、コーラスだか、ヴァースだか」
ヴォーカルのオーディションもした。
「誰もフロントマンになりたくなかったんだ」
結局、ピーターとロバートは役割を共有することにした。どっちが書いた曲でも、どっちが書いた詞でもヴォーカルを交代する。
何ヶ月も練習したあと、サンフランシスコのクラブで誰でもプレイできる金曜の夜、初めてライブをやった。
「最低のショウだったよ、ジョークみたいなもんだった」ロバートは多少の慈しみをもって思い返す。
「オレら、集中しすぎてて外にでなかったし、人の前でプレイしなかったんだ。最初にはじめたとき、6ヶ月プレイし続けたんだ、大丈夫と思うまで、誰にも見せないで、で、最初のライブはサーカスみたいだった。ニックはシンバルを家に忘れてきたから、バスドラとスネアだけで、まったくだめだったんだ。電源なんかのつなぎ方も間違ってて、繋ぐたびにステージの右側の音が聞こえたり、聞こえなくなったりしたんだよ。ほんと、滑稽だったよ。それにずっとオレの肩のそばに天井から水が漏れてて、ペダルのすぐ脇に水たまりができててさ。だから、ショウの間中ずっと、感電死するんじゃないかって思ってたんだよ、これが最初で最後のショウになるんじゃないかって。もう忘れちゃいたいよ」
BRMCは、もっと注目を集めようと活動の拠点をLAに移動した。まもなく、彼らのデモはローカルカレッジのラジオでオンエアされ、レーベルから連絡が入るようになる。バンドは、最終的にヴァージンと契約した。それは、ヴァージンが、彼らにクリエイティブコントロールを約束したからだった。その後、2枚のセルフプロデュースアルバムを発表し、すべてのアートワークに関わってきた。しかし、彼らがクリエイティブコントロールを守り続けるために、レーベルと闘わなくてはいけなかったことを認める。
「クリエイティブコントロールって言葉に意味はないんだよ」ロバートが言う。
「最初に契約したときは、うまくやられたって感じさ。彼らは簡単に許したんだ。オレたちは『意外と簡単じゃん』ってかんじだったよ。でも、契約の中に、オレたちが二度と見られないようなところにファイルされちゃったんだ。だから、その後なにもかも頑張って闘わなきゃいけなかったんだ。今も同じだよ。ファーストの時は、自分たちのしたいようにして作ったんだけど、今回よりももっともめたんだ」
「クリエイティブコントロールっていうのは、ある人にとっては『OK、歌詞や、ギターは自由にしていいよ。それがクリエイティブってやつなんだ。それでおまえ達には十分だろ』ってかんじなのさ」ピーターが付け加える。
「だから、簡単なものじゃないんだよ。いろんなバンドが『よし、クリエイティブコントロールは任せた』とか言われて、現れては消えていく…。クリエイティブコントロールが本来は何を意味するかってとこだよね」
「クリエイティブコントロールが髪型をどうするか、どんな靴を履くかを意味するわけじゃないと思ったらダメだね。うまくいけば書く曲のことも含まれるかもしれないけど、それにしたっていろいろジャマしてくるんだ。だけど、オレたちは、アートワークや、写真なんかにもちゃんと関与していたいんだ。レコード会社にはアート部門があって、それがレコード会社にとってのクリエイティブなところなんだけど。そこが何をやるのか、分からなくなってるんだ。彼らはそういうのを全部隠しちゃうからね。
幸運なことに、BRMCのセルフタイトルのでビューアルバムは、十分歓迎されたし、ハイプまで起きた。だから、バンドはそれに続くアルバム「Take Them On, On Your Own」をリリースできた。今も同じレベルのコントロールを維持し続けられている。
「ファーストアルバムは、テストを合格したって感じかな」ロバートが言う。
「オレたちはできた。…つまらないものじゃなかったし、人々がいいと思ってくれたんだし。オレたちはやった。で、時が巡ってきた。それがオレ達の証明なんだ。自分たちのやり方で次もできるっていう」
「だけど、ひとつひとつが死ぬか生きるかみたいなものなんだ。だから、オレたちは安全圏に入ったってわけじゃないんだ。セカンドについても、同じようにテストされてるんだよ」
「そうそう、セカンドがダメだったら、すぐさまクビにするだろうさ。彼らにとってはたいしたことじゃないしね」ピーターも同意する。
「単にビジネスなんだよ。マジで、残酷なものなのさ。だけどさ、もし、モップが上手にかけられなかったら、クビになるだろ?それと一緒さ。レコードが売れなかったら、消えていく」
彼らは時々立ち返って放棄することもできるということをロバートは認める。
「オレたちはそれを獲得しようと、死ぬほど頑張ってるんだよ」
BRMCは、アメリカでの成功を築き、イギリスのメインストリームでの成功を成し遂げた。有名人のファンも多い。オアシスのノエル・ギャラガー、スピリチュアライズドのジェイソン・ピアーズ。このイギリスのバンドのオープニングも務めた。
実際BRMCは、主にイギリスの影響を受けているアメリカとイギリスの混合バンドだと思われている。時には、イギリスのバンドだと思われていることもある。
ニックによると、それが最大のバンドに対する誤解だという。
「イギリスのバンドだっていうのは誤解だよ。オレはイギリス人だけど、あとの2人は違うし」
ヴィザの問題から、ニックは、はじめてのイギリスツアーに同行することができなかった。アメリカに戻ってこれない恐れがあったからだ。そのツアーでは、ヴァーヴの元ドラマーのピーター・サリスベリーが代わりを務めた。
最終的にバンドは「どうにでもなれ」といって、ニックとともにロンドンに行き、ロンドンで暮らしながらニュー・アルバムを作った。
ニックのヴィザ問題は、アメリカ政府に対して、U2のボノがニックに新しいヴィザを与えるように嘆願した手紙を書いたことによって解決した。

アメリカに戻って、(今は再び拠点をLAにしている)BRMCは賢明にも、小さいクラブでのライブをすることに決めた。
「アメリカを横断する可能なかぎり盛大なカムバックツアーにすることだってできたと思うよ。でも、それって、音楽的には正しいことじゃないんだ。まだ小さいクラブでやったことのない曲もあったし、やるべきだったし。オレに関して言えば、やっておかなきゃいけないと思ったんだよ」
ピーターが言う。
「ウワサでは、オレ達はイギリスでビッグになったとかなんかで、こっちに戻ってきても、それで食べていけるって言われてるみたいだけど、全然違うんだ」
ちなみにBRMCは小さな島国であるイギリスで、アメリカ全土と同じだけのセールスを記録している。
ロバートは、バンドがイギリスの影響を受けていることを認めることはなんら問題ないとも言っている。
「アメリカのバンドに、イギリスの影響がみられるのが変だっていうのはわかるんだ」
「でも結構、誇りに思ってるんだよ。ちゃんとしたバンドを聴いたり、そこから学んでるってことだろ。どんなバンドもそうしてるし。イギリスのバンドだって、アメリカのバンドと変わらないと思ってるんだ。まあ、そういうことなんだけど。地元のやつらだけを聴いてるんじゃ、勉強不足なんだよ、そういうこと。いい音楽は世界中のいろんなところにたくさんあるんだよ」
イギリスのバンドは、ロックンロールスピリットは持っているが、アメリカのロックンロールスピリットとは違うようだ。
ピーターがあとで付け加えた。
「きっと、ショウをやるために3000マイルを旅するかどうかってことと関係があるんだと思うよ。イギリスでは、そうできないよね、だから、そのスピリットをえられないんだ。だって、そんなことをするところがないんだもんね」
BRMCがレビューなどでまず最初に引き合いに出されるのはジーザス&メリーチェインだった。バンドは影響を受けたことは認めている。しかし、時折比べられることが煩わしいと思うことがあると、ロバートはいう。
「それって、音楽をいいかげんに分類してるっていう気がするね。だって、もっといろんなことが起きているんだし、ちょっと怠慢だと思うな」